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dai さんの日記

 
2024
4月 29
(月)
22:05
トップの本棚― わかるぅ~
本文
本日4月29日昭和の日、東大・京大は授業がないが、一橋大は授業がある。
なお、早慶も授業があるらしいが、大和大学は授業がないとのこと。




「本を開いても、目が自然と閉じてしまう。なんとなく手がスマホのSNSアプリを開いてしまう。夜はいつまでもYouTubeを眺めてしまう」(以下の本の「まえがき」から引用)(注1)

わかるぅ~(スマホデビュー3か月目の中学生並みの感想)


『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』 三宅香帆 集英社新書

本書は、明治から平成までの労働と読書の関係について、時代時代のベストセラーへの考察を加えつつ論じている体でなされた、映画『花束みたいな恋をした』(2021東京テアトル)の批評兼プロモーションである(たぶんちがう)。

「東京・京王線の明大前駅で終電を逃したことから偶然に出会った 山音麦(やまねむぎ) (菅田将暉)と 八谷絹(はちやきぬ) (有村架純)。好きな音楽や映画が嘘みたいに一緒で、あっという間に恋に落ちた麦と絹は、…」(『花束みたいな恋をした』公式より引用)

絹が残業の少ない会社に勤めていて、学生時代と同じように文化に触れられることができている一方、会社が忙しくなった麦は、パズドラしかできなくなってしまう。

「ゴールデンカムイ」が8巻で止まっていた麦君の立ち位置って、「チ。」が2巻で止まってたり「フリーレン」が6巻あたりで止まってたりしている自分にとっても、身につまされる物語だった。


せっかくの休みだし、スマホを置いて積読してある本でも読もう。


さて、授業の時間だ。


去年の暮れごろだったか、森鴎外『舞姫』を読んだ中3女子が「主人公が思っていた以上にクズで最低だと思いました」との感想をくれたのを思い出した。SNSのタイムラインに次の書き込みが流れてきたのである。


鷗外の『舞姫』を現代人が読んで「主人公ひどい」とか「許せん」とか言うと、当時の物語を現代の尺度で断じてはならん、みたいな話になるけどそもそも当時も『舞姫』ひどくない?みたいな言説はちょいちょいあって巌本善治という明治女学校の校長は「女性と結婚もせずに妊娠させたこと、精神的に病んだエリスを置いて日本に帰ったこと、それを船の中でクヨクヨ嘆いたこと」などを挙げて「吾れ一読の後ち躍り立つ迄に憤おり、亦嘔吐するほどに胸わるくなれり」(すっげー腹たつし、吐くほどキモい)とバッサリやってます。
(@twitter.com/shinjisumaru/status/1784422777950527783を引用)

さらには、クズな主人公に天誅を加える二次創作が当時たくさん書かれていたとかで、たとえば明治41年には「舞姫の主人公が気に入らないのでボコボコにする小説」(星塔小史『蛮カラ奇旅行』)が出ていたとのこと。これも読んでみたいなあ。


一昔前、膳所高校の入学前課題の一つに、夏目漱石『こころ』を読んで感想文を書いてこいというのがあった(今は「何でもいいので(何でもいいとは言っていない)1冊読んでレポート書いてこい」になっている)。「近代的自我に苦しむエリートの葛藤を追体験せよ」ということなのだろうが、小説の解釈は自由である。下宿先の「お嬢さん」が、実は関わる男を次々と自〇に追い込む魔性の女だったとか、「先生」は実はKのことが好きでKの気持ちがお嬢さんに向いていくのが我慢できなかっただとか、好きに読めばよいと思うのだ。


中学入試で「成瀬」を出題した豊島岡女子と、志賀直哉を出した渋幕の話(いやそんなことより関西の受験事情を語れよ)とか、アセチレンの燃焼の化学反応式を初見で書いてきた生徒の話(この子は頭角を現してくるかもよ)とか書こうと思っていたが、紙幅が尽きたのだ。また今度にするのだ(注2)。


それでは今日は、このへんで。







注1:もっとも,YouTube眺めながら寝落ちすることもままあるが。

注2:なぜここだけずんだもん?やっぱりYouTube気を付けなければなのだ。


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